#03 質問&回答企画 2021 もーっと!回答企画

#02 山鳥毛里づくり応援団 質問&回答企画 2021では時間の都合などから頂いた質問の一部にしかお答えできていませんでした。
今回、瀬戸内市にも質問への回答に参加して頂けることとなり、動画だけでは答えられなかった質問への回答もお届けします!

ホームページで公開するにあたり、頂いた質問内容を短くまとめてあるものもありますがご了承ください。

「山鳥毛里づくり応援団 質問&回答企画 2021 もーっと!回答企画
制作・企画 山鳥毛里づくり応援団
協力 瀬戸内市、日本美術刀剣保存協会 岡山県支部(小池支部長)

質問・回答一覧

刀剣乱舞が好きで、実装前に国宝山鳥毛を拝見しにそちら備前長船刀剣博物館へお伺いさせていただきました。現在のコロナ禍でなかなかお伺いできませんが、ぜひまた遊びに行きたいです。
質問ですが、「小豆長光の再現作」を作るプロジェクトというのはできないでしょうか?

 備前長船刀剣博物館にご来館いただいたとのこと誠にありがとうございます。また、貴重なご提案ありがとうございました。
 小豆長光は、長船派の刀工である長光の著名な刀です。しかし、現在所在は不明であり本歌を見ることができないことは誠に残念です。その所在については、過去に多くの方が探されるなどしており、新たに瀬戸内市で探し出すことは非常に困難かと考えております。
 また、再現プロジェクトについてですが、単に長光風の刀を作れば良い訳ではなく、再現するについてはどんな資料を根拠として作刀するのかが大切だと考えております。今後新たな資料等が見つかり、再現プロジェクトを瀬戸内市で実施する際にはぜひご協力願います。(瀬戸内市)

つい最近、「大般若長光写し」が久保善博刀匠によって完成しました。かなりの力作でこれを超える長光写しはハードルが高いですね。しかし、地元の刀匠で「小豆長光の再現作」にチャレンジする話が進めばできる限り応援したいと思います。(小池)

山鳥毛の拵も瀬戸内市所蔵になっているのでしょうか?
山鳥毛の拵えも詳しく見てみたいです。

 山鳥毛の拵は、附けたりとして、刀身とともに国宝になっております。
 拵は刀身とともに大切に保管され、瀬戸内市が購入する際も拵を含めて購入しており、瀬戸内市の所蔵品となりました。
 ただ、拵は経年劣化により塗りの一部が剥離する等展示に耐えうる状態ではないため、現在公開の予定はありません。将来的には公開できるように文化庁や岡山県等と協議しながら修復を進めたいと考えております。(瀬戸内市)

刀剣乱舞をきっかけに備前長船刀剣博物館を知ったものです。
まだまだ刀剣鑑賞の初心者なので、刀剣に長く携わってきた方々から見た山鳥毛という刀剣の特徴や魅力についてお聞きしたいです。

瀬戸内市では、山鳥毛の特徴や魅力をパンフレットや動画を作成して紹介しております。Web上で公開しておりますので、ぜひご覧ください。(瀬戸内市)
パンフレット https://www.city.setouchi.lg.jp/site/token/109319.html
動画 https://www.youtube.com/watch?v=3zUVkA5cU3c

北野天満宮に所蔵されている長船師光作の太刀について調べています。

重要文化財
太刀
銘 備州長船師光  
  応永9年(1402)
拵 宝暦2年(1752)
宝暦2年の850年祭にあたり、8代加賀藩主 前田重煕(しげひろ)が奉納した太刀

もし来歴をご存知でしたら教えてください。

調べてみましたが分かりませんでした。(小池)

オンライン講座のようなものの開設の予定はありませんか?
動画での紹介も良いですが、そこからさらに詳しく踏み込んだ内容のものがあればよいなと思います。

 日刀保 岡山県支部では日本刀基礎講座を年間6回開催して、参加できなかった会員向けに動画も公開していますが、資料に著作権があるので一般には公開していません。
 Zoomなどを使った講座の開催は今年の企画会議で検討されましたが実現していません。近い将来の取り組むべき大きな課題ですね。(小池)

鎌倉中期に作刀された山鳥毛は長い時間を経る中で茎以外に錆やキズなどがあったと思います。前所有者の方も含めて、どの状態をキープしていたのでしょうか?
また、作刀された当時と現在で大きく変わっている部分があるとすれば、どの部分でしょうか?

 山鳥毛は、現在の姿を見ると、研ぎ減りが非常に少なく、当初の姿を良く残していると考えております。ただ、近世以前の姿については記録に無く、現在に至るまでの経過は分かっておりません。なお、上杉家から個人に渡った際に1回研がれたようですが、それ以降は研いだ記録はありません。(瀬戸内市)

合作についての質問です。
長船の光忠と畠田守家の合作と勝光宗光の合作では、時代もお互いの関係性や状況などが違ったものになりますが、合作に何か決まり事はあるのでしょうか?

 銘の切り方で先に名前を入れた人が目上か、その刀を制作するにあたって中心となる刀工になります。表裏に切ってあれば佩き表の刀工がメインになります。よく見るものに兄弟の合作(景光と景政、則光と祐光、勝光と宗光)があります。また、同族の合作(盛光と康光と実光、勝光と忠光)、親子合作(忠光 子平右衛門尉 彫物弟又四郎、勝光と治光)や師弟合作(則光と勝光)があります。
 武将の慰め打ちに協力者の刀工の名前を切ることもあります。合作は何かの節目にその関係が深かったことを記したものでしょうね。
 珍しいものでは光忠と守家の合作がありますが、長船と畠田は隣接していて交流が深かったことが分かります。守家は福岡一文字の出身なので当時は知名度もあり、長船派に影響を与えていたようで、銘文に備前國長船住と入れ始めたのは守家で、備前國長船住人や備州長船住と切り始めたのも畠田派が先行して長船派がそれを追従しています。(小池)

博物館の展示室入口の壁の大太刀についてもっと知りたいです。
どうやって熱したり成形したんでしょうか。どうやって持ち上げたのか、一気に加熱できたのか、何キロくらい鋼を使ったのか、見るたびに気になっています。

 備前長船刀剣博物館のロビーに展示している大太刀は次のとおりです。
  (作者) 長船派の最後の刀匠である横山元之進祐定
  (長さ) 329 ㎝ (反り) 不明
  (重さ) 16.875 ㎏
  (製作年) 大正4年 (1915年)
 詳細については、まだ研究途中で明らかではありません。
作刀当時の様子は、「(略)・・・(元之進)祐定氏は老いたる身に畢生の心胆を籠めて鍛錬三十日最後に、刀身一丈一尺、その量四貫五百(16.875kg)に余る大刀を作り、同村立行幸尋常高等小学校(現行幸小学校)に寄付したる・・・」と『山陽新報』(大正4年6月5日)に記載されています。
 また、使われた玉鋼の量は、一般的な作刀において約8キロの玉鋼から約1キロの刀身が作られることから試算すると、この大太刀を作るためには約135㎏の玉鋼が必要となります。(瀬戸内市)

山鳥毛はどういった状態で保管しているのですか?

 手入れし、休め鞘とも称される白鞘に入れて温湿度管理の下で保管しております。(瀬戸内市)

刀剣初心者にオススメする初心者向けの本はありますか?
長船の刀鍛冶の歴史を簡単に知りたいです。

 瀬戸内市長船地域の作刀の歴史については、『長船町史 刀剣編 通史』(2000 長船町)があります。一般的な本で入手可能なものでは、『岡山文庫 282 備前刀 日本刀の王者』(2013 日本文教出版)などがあります。(瀬戸内市)

 初心者向けの本ですが、深江泰正『合本版 古刀・新刀刀工作風事典』をおすすめします。
日本刀の基礎を学ぶには、この本がもとめやすく内容も良くまとまっています。(小池)

以上、回答を公開できる質問についてお答えさせて頂きました。
その他の質問や観光などに関する要望につきましては瀬戸内市や瀬戸内市観光協会と共有し、今後の参考にさせて頂きます。ご協力頂き有難うございました。

この企画の基となった動画もぜひご覧ください。

#02 山鳥毛里づくり応援団 質問&回答企画 2021」
制作・企画 山鳥毛里づくり応援団
協力 (一社)瀬戸内市観光協会、備前長船刀剣博物館、日本美術刀剣保存協会 岡山県支部